自分の最期のプロデユース

知り合いが時期を同じくして2人亡くなりました。1人目をAさんとしましょう。Aさんのお葬式に行きました。
Aさんの遺影は、とても品のあるその方らしい遺影でした。

ご家族の話を聞くと死期を見極めたAさんは事前に自ら写真館に行き自分の遺影写真を撮って家族に託していたのです。

お葬式に行って悲しくはありますが、遺影に写るAさんを見た時に
遺影でありながら最期にAさんと再会でき、お別れとお礼が言えたような清々しい気持ちでになりました。

時期を同じくして違う知り合いが亡くなりました。2人目のこの人はBさんとしましょう。
Bさんにはとてもお世話になりました。そして地域や社会にも貢献もされた方でもありました。
Bさんのお葬式にいきました。Bさんの遺影は残念ながらすこしボヤケ気味でした。
恐らくご家族がよりよい写真を選んだであろうとはわかるのですが、拡大した事によりボヤケていたのです。
お世話になった頃のBさんの面影が薄らぎ、お葬式から帰る時にとても残念な気持ちになりました。

Aさんは遺影写真を撮った方 Bさんは遺影写真を撮らなかった方です。
同じお世話になった方ですが、お葬式から帰ってくる心や気持ちが違いました。

自分が死ぬ事は予測できず、遺影写真は家族が決めるものだとは思います。
でも遺影写真を自分で最期にプロデュースして自分の人生の幕を下したAさんは、
最期に周囲の人達へ勇気と感動を与えてこの世を去って逝ったと思います。

例え家族でも自分で遺影写真を撮るか撮らないかはその人次第。
だから家族の中でいつ誰が亡くなってもいいように写真館で家族写真を撮りました。

駅から徒歩で行ける、駅チカのラブホテルです!
春日部でラブホテルを探しているならこのお店がオススメ。
イベントやサービスが充実していて、Wi-Fiも完備。
気になったら、気軽に電話で予約・問合せができるホテルです♪

家族がお世話になった人達が勇気と感動を持って帰れるように
自分の家族の遺影にボヤケた写真は使わない。
Aさんは亡くなりましたが最期に私に色々教えてくれました。